【インタビュー】小林篤さん『難しいことはわかりませんが、50歳でも農業を始められますか?』

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農業を始めるのは、何歳からでも遅くはない!『難しいことはわかりませんが、50歳でも農業を始められますか?』では、50歳前後で農業にキャリアチェンジした先輩たちのインタビュー全文を公開。農業キャリアコンサルタント・深瀬貴範氏が、先輩たちが農業に出会うまでのストーリーや奮闘記に迫ります!


 

【PROFILE】

小林篤さん
66歳
前職:大手求人情報会社勤務

激務だった前職で働きながら、ふだん何気なく目にしていた野菜に興味がわき、45歳から区民農園で農業を始めた小林篤さん。

退職後の現在は宮城県に居を構えて本格的に農業をスタートされたそうです。

■目次

1:激務のなかで運よく当選した区民農園
2:いざ、週末農業スタート
3:「生活していけるかな?」徹底した徹底した情報収集
4:作物も販売もスケジュールも、試行錯誤の農業
5:シニア世代でも関係ない! この先目指す農業
まとめ

 

1:激務のなかで運よく当選した区民農園

 

深瀬 具体的に農業を始めたのは何歳ぐらいからですか?

 

小林 45~6歳くらいだったと思います。仕事がけっこう忙しい時期でした。睡眠時間も不規則、食事も外食中心の生活で、奥さんからも指摘されていましたね。幸い土日だけは休みが取れたので、週末時間の有効利用も兼ねて農業を始めました。

 

深瀬 世田谷にお住まいだったようですが、どちらで始められましたか?

 

小林 奥さんが世田谷の区民農園に応募し、運よく当選しました。2年間で10畳ほどの広さの農園を借りて、最初は土作りから始めました。費用はたしか年間で2万円程度だったと記憶しています。当然、肥料・苗は自己負担ですが、クワなどの農業器具は農園に備えてありました。

 

深瀬 人気のため当選がなかなかむずかしいと聞きますが、よく当たりましたね。

 

小林 運がよかったですね。

 

深瀬 また、貸出期間は2年なんですね。期間は1年間で、それが終了するとまた抽選、なんてよく話を聞きますが。

 

小林 世田谷区の場合は2年間みたいです。2年間なので、前年の反省点を翌年に改善できたり、タマネギのような栽培に年をまたぐ作物もできました。世田谷区だけでも区民農園は数か所あるようですが、どこも希望者が多く、なかなか当たらないのが実情みたいです。なので、本当はダメですけど、家族や友人の名前を借りて複数応募している話も耳にしました。

 

2:いざ、週末農業スタート

 

深瀬 実際の栽培は、どんなふうにスタートしましたか?

 

小林 2月に土作りから始め、元肥(もとごえ)を入れて畑を耕しました。3月後半から作付けを開始しました。

 

深瀬 どんな作物を植えましたか?

 

小林 ジャガイモ・ホウレンソウ・コマツナ・カブ・チンゲンサイ・キュウリなどの夏野菜を中心に始めました。

 

深瀬 どうやって作物を選びましたか? また、知識はどのように身につけました?

 

小林 作物を選んだ基準は、家庭菜園でも比較的簡単に作れるといわれている作物を選びました。作付けなどの知識は家庭菜園の本を購入し、参考にしました。あと、SNSの動画を参考にしました。野菜ごとの土作りから定植芽かき追肥、収穫までわかりやすく解説しています。あと、意外や意外、ホームセンターに作物の栽培にくわしい方がいます。作付けの時期や肥料のやり方、どんな肥料が適しているかなど、教えてもらいました。

 

深瀬 やはりきちんと教えてもらわないと、本格的に農業をやるにはむずかしいんじゃないですか?

 

小林 僕の借りていた区民農園では、特に指導をしてくれる人はいなかったので、わからないことがあったときは同じ農園で作業している人に聞いてみたりしました。とはいっても、同じ素人なので怪しい部分はありますが、そういう会話で盛り上がるのも農業の楽しさでした(笑)。

 

深瀬 農業談議に花が咲きそうですね。

 

小林 また、世田谷区の体験農園では、講習会が定期的にありました。その農地の持ち主である農家さんとJA(農協)の方が現地で指導してくれましたが、それは大変参考になりましたね。やはり違いますよ、プロの農家さんは!

 

3:「生活していけるかな?」徹底した情報収集

 

深瀬 区民農園で経験を積み、60歳から本格的な農業をいよいよ始められたわけですね。それにあたって困ったことや、苦労したことがあれば教えてください。

 

小林 まず考えたのが、「生活できるかな?」ということでした。生活費や住居、収入がどれぐらいになるかなど、いろいろと気になりましたね。

 

深瀬 解決するために情報は集めましたか?

 

小林 農業を始めるにあたっての支援策を、移住先予定だった自治体に聞いてみました。住居の支援があるかとか。特に、就農支援については、現地に宿泊し、直接お話を聞いてみました。

 

深瀬 現地まで足を運ばれたのですね。インターネットで調べなかったのですか?

 

小林 インターネットでも調べてみましたが、行政の農業支援策の情報はわかりづらいよね。「どういう農業をやりたいか」「どういう生活をしたいか」によって、支援策が整理されてないから。直接話を聞いてみて、地方の自治体には新規就農者や移住者に向けた支援策がいろいろあることがわかりました。ただ、地方行政による支援策の基本的な考えとして、そこに移住してもらい、人口を増やすことが目的なので、さまざまな条件がつくんですよね。結果、条件を満たすことがなかなかむずかしく、自分には合わないと判断して最終的には断念しました。

 

深瀬 条件を満たすのもむずかしいんですね。結果的にどうされたのですか?

 

小林 現在、移住予定地の畑近くに家を建築中なんです。移住にあたって住む家もいろいろと検討しましたが、借りることができる家は総じて古かったり、昔の造りで部屋数も多くて自分には広すぎたりするんですね。若い人が新規就農するのであれば、そういう古民家はもってこいだと思いますが、シニアである私のこれからの生活をイメージしたら大きすぎる気がして、家を建てることにしました。

 

深瀬 「農ある生活」を、移住前からある程度イメージできていたのですね。

 

小林 私のように農業以外の生活も楽しみたい場合は、これでよいかなと思ってます。ただ、近くにスーパーや飲食店がないので、定期的に買い出しに行きますし、すべて自炊です。当然ですが、飲み屋もありません(笑)。

 

4:作物も販売もスケジュールも、試行錯誤の農業

 

深瀬 本格的に農業を始められた現在、どんな状況でしょうか?

 

小林 現在、使用している畑は約50坪(165㎡)です。栽培している野菜は多品目で、ホウレンソウ・コマツナ・カブ・ネギ・ナス・キュウリ・トマトなど、25種類くらい栽培しています。初めての畑なので、どんな野菜が出来がよいかを知るためにたくさん植えています。

 

深瀬 50坪の農地はどのように手に入れたのですか?

 

小林 宮城にある実家から「隣の休耕地を譲りたい」という方がいて、兄のもとに話がきました。農地法の関係で、自分が直接購入することはできないので、兄の名義で購入してもらい、自分が兄の畑のお手伝いをしているという形をとっています。農業で実績を積んで3条許可が取れるようになったら、兄から購入する形をとると思います。

 

深瀬 多品目で栽培されてますが、販路はどうされてますか?

 

小林 区民農園のときは、自分が消費したりご近所におすそ分けしたりすることがほとんどでしたが、今はまず、自分の農園で栽培したものは知人に無償で提供し、購入希望者には試験販売してます。野菜の種類が多く、野菜ごとに収穫時期や収穫量も違うので、希望ごとに細かく販売すると無駄が出てしまいます。なので、「数種類入り・ひと箱いくら」という形で販売しています。

 

深瀬 セット販売という形ですね。

小林 それでもさばききれない野菜は、地元の直売所に出荷しています。当然、手数料は取られますが、野菜の種類や出荷量に決まった条件がないのと、いつ出してもいいので自分のペースで出荷できます。価格は自分で決めてますよ。これとは別にインターネット販売も試してみました。某フリマアプリですが、売れるかどうかの予測が立てにくいのと、けっこう手間なのでやめました。

 

深瀬 販売も試行錯誤されていますね。売上はどうでしょう?

 

小林 販売開始してから約4か月で、大体12万円です。利益はまだ出ていません。

 

深瀬 移住した場合、地域に溶け込むことが大変という方もなかにはいますが、小林さんは実際どうですか?

 

小林 これは皆さんから苦労されると聞いてましたので、こちらからできるだけ話しかけるよう心がけました。「自分自身が何者なのか」「この先どうするのか」という話から「野菜作りがうまくいかない」という話まで、ふだんからかまえることなく会話をするようにしています。すると、いつの間にか野菜をおすそ分けしあう仲になりました。そこからさらに、地元の特産品を紹介してもらったり、それを自分で料理してみて感想を伝えたりすることで、関係性が深まっていったと思います。

 

深瀬 今の1日のスケジュールはどんな感じですか?

 

小林 朝ごはんをすませたら、午前8時には畑に入って作業開始です。夏は暑いので、それよりも早めに畑に入ります。事前にやるべきことを決め、基本的には4時間で作業が終了するように目標を決めます。作業を終えて家に帰ったら昼食を取り、そのあと本日の作業内容や作物の状況などをまとめ、明日の作業をイメージする。そしてその後、昼寝をして、そろそろ収穫できそうな野菜のレシピを検索してます。

 

深瀬 なにか、のんびりと時間が流れるようで、うらやましい生活ですね。

 

小林 まだこの暮らし方がスタートしたばかりで、うまく時間を使いきれてないように思います。午後の過ごし方は、自分のなかでもこの先の課題ですね。

 

5:シニア世代でも関係ない! この先目指す農業

 

深瀬 この先どんな農業を目指していますか?

 

小林 栽培規模の拡大は今のところ考えてないです。実は、畑の半分は未使用なんです。理由としては、畑をめいいっぱい使って野菜を作ったとしても、それをさばけるだけの販路が少ないためです。この先は、今年の生産量、出荷数、販売状況をみて、来年の作付け計画と販売計画を立てる予定です。

 

深瀬 計画的ですね!

 

小林 また、これは販路とは少し違いますが、自分の農園や野菜についてインフルエンサーの方に発信してもらって販売機会を広げたいと今のところ考えています。あと、フードロス団体や子供食堂などに、無償で作物を提供するグループにコンタクトを取って、自分の野菜を提供したいとも思っています。また、将来的には、農園を会員制にしてファーム会員を募りたいと考えています。畑の収穫権を会員に与えて、会員自身に管理してもらうものです。会員に自分の畑で農業を体験してもらうことで、生産と消費を身近なものにしたいと思ってます。

 

深瀬 やりたいことがたくさんありますね。最後に、これから農業を始めたいと考える皆さんへ、なにかアドバイスがあればお願いします。

 

小林 農業を始めるのに年齢はあまり関係なく、50歳からでも60歳からでも可能だと思います。ただ、農地の取得や収入、住むところなど、クリアすべきことがいろいろとあるので、それを乗り越えるだけの気がまえとやる気は必要です。

 

深瀬 たしかに、いろいろな人にお話を伺うと、ひと筋縄ではいかないことも多いですしね。

 

小林 また、農業をメインに生計を立てるのか、それともサブの収入程度でいいのかをきちんと考え、「自分なりの農業」をイメージすることが大事ですね。自分がこれからどこに向かって行くのか、農業を「ツール」として考えることで自分らしい生き方がみつかると思います。自分で生産して、収穫して、食べる。農業とは、このサイクルを楽しみ、そんな生活をしてみたいと思える人が頑張れるフィールドだと思います。

 

深瀬 そのサイクルのくり返しですよね。イメージすることがどれだけ大事なのかを考えさせられます。

 

小林 あと、もうひとつ。農業を始めるにあたっての支援はありますが、始めてから受けられる支援もあります。その地域の支援策はよく調べたほうがよいです。僕の場合、始めるときには条件が合いませんでしたが、作物の鳥獣被害を防止する電柵*1を設置しましたが、その費用の8割を町が負担してくれました。また、住居については、解体費の一部とその建物の屋内ごみ処理費用も一部補助がありました。移住する場合は移住者に対して、いろいろな補助があるので窓口で確認するといいです。

 

*1電柵・・・畑の周りにめぐらす柵に電流を流し動物に電気ショックを与えるもの。一度電気ショックを受けた動物は学習し近寄らなくなります。電流は1000ボルトを超えるので人が触れると危険です。。

 


まとめ

60歳過ぎてから移住して本格的に農業を始めた小林さんにお話を伺いました。農業歴としては45歳からなのでかなり長く経験を積んで農業に飛び込んだといえるでしょう。それこそ最初の週末農業での経験が活かされていると感じました。そんな小林さんのポイントは、

1.週末農業からいち早く行動に移し、農業をチャレンジしたこと

2.農地の取得にあたって農地法をきちんと理解したうえで進めたこと

3.いろいろな人にかかわることで農業の知識や技術を習得したこと

4.現地にもアンテナを張りめぐらして情報を収集したこと

5.自分のできる範囲の農業からスタートしたこと

 

*本コンテンツは『難しいことはわかりませんが、50歳でも農業を始められますか?』(深瀬貴範/小社刊)の付録として掲載しているものです。予告なく終了する場合がございます。こちらについてのお問い合わせは、下記までお願い致します。
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